
娘もそれによく耐えて頑張ってくれました。寝顔を見ると涙が出ましたが、綾乃だけではなく他の娘たちのためと思い、私自身も頑張りました。娘には言葉や社会的にいけないことは、どこでも気付いたときに大声で教え、悪いことをしたらその場でたたいて教えました。また市場や魚屋、果物屋などへ連れて行き、山や川、海へ出かけました。
夫と話し合って、地元の幼稚園の一年に入れてもらい一年遅れで小学校へ入学させました。先生と家とで連絡ノートを作り、授業を見せてもらい家での勉強の手立てとしました。
娘がいじめられて泣いて帰ったとき、自分から周囲の人に話しかけていくように教えました。学校の前を仕事で通るときなど娘に、「頑張れ、頑張れ」と心の中で応援したものです。
いろんなことがたくさんありましたが、娘も小学校、中学校、高校と人並みに進学しました。そして、「自分と同じ障害のある人たちの世話をしたいので、社会福祉の学校で勉強したい」との希望で、帯広大谷短期大学へ進みました。
大学受験の前、娘と一緒に学校を訪ね事務長さんに学校の話しを聞かせて頂き、娘も「一点の灯」を感じ、入試に向けて頑張りました。お陰さまで入試にも無事合格し、社会福祉の勉強に希望を燃やして入学いたしました。
親元から離れて暮らすのがはじめてで親子とも不安でした。それは家族との電話で話し合っていることが理解できるか、ということでした。そこで電気屋さんに頼み、電話をラジカセに接続させ娘専用の電話を設けました。毎日のようにその電話で娘と話し、お互いの様子を知り合いました。
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